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JJの気まぐれブログ

メンタル崩壊して仕事全ブッチで一人ロードトリップに行ってきた話し

124日。日曜日夜。自分の中で何かが思いっきり壊れた。ちょうど1週間前に彼女と別れたことが引き金となり、どんよりムードだったのだが、その弱ったメンタルがついに崩壊してしまった。この日は朝6時から16時まで会社で仕事。そして急遽サーバーのバイトも、夜代わりに入ることになり、1640分から1940分ほどまで働いた。家に着きシャワーを浴び終えると、リビングにいた親に呼ばれた。母には最近やる気が出ないんだよねと相談していたこともあり、どうやら父も入れて3人で軽く飲みながら話そうということらしい。父に何か最近悩みがあるんだって?と聞かれた。普段から親にオープンに話してはいるものの、これまであまり大きな相談をしたことはなかったため、どこまでシェアすべきか迷った。ちなみに別れたことは事実として伝えていたが、その他の感情の繊細な部分をどこまで話せばいいかわからなかった。でも親は一番の味方だしと思い、勇気を持って、今自分が一番苦しんでいる、将来に対する漠然とした不安をシェアした。人生でこんなにゴールが見えないのは初めてだと。何を成し遂げたいかがわからず、毎日何をしているのかもわからないと正直に気持ちを吐露してみた。

 

これは別れた直後だけでなく、ここ1年自分の中でかなり苦しんでいる悩みだ。社会人になってからゴールが見えなくなった。昔ほどのみなぎるやる気がなくなった。最初は会社のせいだと思い、もっと待遇も良く、名前のある大企業に6月に転職した。だが転職ブーストが続いたのもたった2ヶ月ほど。そこからはまた、急激に自分を襲う不安と度々直面していた。だが、彼女がいたことで、自分の感情を全て彼女に預けるという依存療法で、その不安と向き合わないようにしてきた。自分には励ましてくれる味方がいるからと、現実を見ることなく、とにかく何も考えずただ毎日のスケジュールをこなしていた。その蓄積された不安と恐怖が、彼女と別れた直後にドッと自分を襲ってきた。人生初めての経験で、対処法もわからなかった。今まで1時間で出来ていた仕事に3時間取られた。脳内で制御できないほどの感情が溢れ出て、人前にいるのも辛かった。とにかく一人になりたかったが、一人になってもこの状態は止まらない。とにかくこの辛さから逃れたいと、別れたばかりの彼女に助けを求めてしまった。だが、彼女はもう既に別人だった。今までの優しかった彼女はもうどこにもいない。別れる直前から勘づいてはいたが、もう既に気になっている本命の男にゾッコンなのか、寂しい感じは全くなかった。話しを聞いてくれた人ほぼ全員に、彼女と連絡を断ち切るように進言されていたが、とにかく辛さから抜け出したかった僕は、依存していた優しい彼女を探していたのだろう。だが、その実りのないトライが自分を更に苦しめていたのは自明だった。

 

さて、ここには書き切れない程の様々なネガティブな感情に苦しんでいた僕は、前述の通り、親なら頼れるだろうと、意を決して一部だけ切り取って相談してみた。もちろん怖かったし、特に期待もしていなかった。これまで、優等生として勉強で親をがっかりさせたことはなかったし、真面目で優秀な長男だと、親戚や親の友人などから良い噂話をされていたことは自分でも知っていた。いつも電話でそんなことないですよ~と謙虚に言いながらも、嬉しそうにしている親の姿は常に見てきたし、自分ももちろん嬉しかった。これまでの人生、それが大きなモチベーションの一つだったし、学校の勉強も、内容が面白いというよりも、親を喜ばせるのが一番の理由だったのかもしれない。そのためか、気づかないうちに、どこかで完璧な長男を演じ続けることで親孝行しないと、と自分にプレッシャーをかけていたように思う。そんな息子から急に「やる気が出ない。メンタルが弱っている。」と相談された親は困惑していたようだった。困惑で止まればまだ良かったのかもしれない。その次に来たのは嫌悪感だった。これまで学校でも勉強を頑張って、どの国でも常に自分を通用させてきて、23歳でキャリアも順調なスタートを切って、まだ親のサポートもあるのに一体何が不満なんだと。これから可能性しかないし、やりたいこともなんでもできる土台があるのに、モチベーションが出ないのはよく意味がわからないと。彼女と別れて寂しいのかもしれないけど、自分が頑張っていけば、これからいくらでも出会いはあるから元気出せと。

 

ド正論だ。自分でもわかっている。でもその時に自分に必要な答えはそんな正論ではなかった。理論的には全部理解してるんだよ自分でも。納得しかないよ。ただメンタルがやられている時って、冷静に考えられないんだよね。僕はそれ以上耳を傾けることはできずに自室に駆け戻った。叫びたい気分だった。全てが怖かった。彼女にまた連絡してしまった。何度も電話した。だが返事は簡単に、「今外にいるから無理。」そうだ、僕には味方なんていなかったんだ。元気な自分を慕ってくれる人はたくさんいるのかもしれない。でも今この人生史上一番辛い時に、そばにいてくれる人は誰もいなかった。感じたことのない孤独を感じた。

 

何時間も泣いてほとんど寝られないまま月曜日の朝を迎えた。一人が辛すぎて重い身体を起こして45分遅刻で会社に着いた。仕事なんてどうでもよかった。ただひたすら、会社のパソコンで鬱の抜け方を検索していた。鬱病の症状を検索したところ、全て当てはまっていたためこれはやばいなと思ったためだ。外を散歩したり、水を飲んだりどうにかゆっくり流れる時間を耐えようとした。10時半に一時帰宅した。会社がある日は毎日ランチは家で1時間ほど取っている。部屋に戻りベッドに横たわると、珍しく猫もベッドにジャンプしてきた。猫をハグしたまま何もせずに2時間が経っていた。何もせずに、は語弊かもしれない。何もできなかった。尿意はあったものの、すぐ隣のトイレに行くことすらできなかった。2時間して限界を迎えたため、トイレに寄った後何も食べずに会社に戻った。そして、何かあったらいつでも相談してね、と言ってくれていたマネージャーに11で話したいと伝えた。論理的に今の状況を説明しようと思ったが難しかった。とにかく泣きながら、何が起こっているのかのかも、自分が何をしたいのかわかりませんと懸命に伝えた。するとマネージャーは、同情してくれた後、今正直な気持ちで何がしたい?と聞いてきた。自分でも直感だったが、一人でどこか遠くに逃げたいと伝えた。マネージャーは、仕事は全部忘れて行ってきなさいと優しい言葉をかけてくれた。そして僕は家に戻り思いつく物だけパパッと支度し、車で南に向かうことにした。目的地は特になかったが、マネージャーがRedwood National Parkおすすめだよと言っていたため、ひとまず方角だけ南に決めていた。親には軽くロードトリップに行くとだけ伝えた。何か聞かれたが全部無視した。車に乗ると大きな毛布が入っていた。きっと親が入れてくれたのだろう。バイト先にも一旦いなくなりますと簡単に連絡を一方的に入れて、通知を切り後は無視した。

 

運転をしてから2時間すると久しぶりにお腹が空いてきた。心が少し軽くなったような気がして気持ちよかった。今夜どこで寝ようとハッとして、夜ご飯を食べている最中、適当に後4時間運転した所にある町のホテルを取った。そんな感じで激動の月曜日が終わった。日が変わり火曜日。ホテルで朝食を食べているとワールドカップのスペイン・モロッコ戦が行われていた。他にいたのは一人のおじさんだけ。彼とサッカーの話しをしながら、どこかおすすめの行き先ある?と聞いてみた所、オレゴンとカリフォルニアの州境のビーチを紹介された。そこは行こうと思っていたRedwood National Parkの近くでもあったため、とりあえず目的地をそこにした。4時間ほどかかるらしい。車を走らせるとエンジン・オイルが足りないと表示された。僕は車についてほど何も知らない。メンテナンスも何か困った時も常に父に丸投げしていたため、自分は無知だった。だが今は父に連絡する気はない。どうせ大したことないだろうと無視していたが、直感で少し怖くなり30分ほど車を走らせた後調べてみた。するとエンジン・オイルなしだと車が動かなくなると出てきた。やばいと思って急いで”engine oil exchange near me”と調べ、一番近くにあったお店に電話した。するとオイルを変えてくれるらしい。オイルがなかなか届かず2時間待ったが、予定もないし特に気にならなかった。

 

オイル交換の待ち時間に彼女から遅めの返信が来た。前日にメンタル崩壊したからロードトリップに出ると伝えていたが、気をつけなねと連絡が来ていた。そして、どれだけ私に興味あるかわからないけど、私はもう切り替えたからあなたも切り替えなね、応援してるから。とも来た。どういうことかは詳細なしでも鮮明に知っていた。まだオフィシャルではないが、新しい人に恋をしたらしい。彼が元カノと別れた直後に二人で飲みに行き、翌日急に僕らの別れを切り出された過去があり、別れてからも態度が変わっていたため、正直言われなくても知っていた。だが、どこかで彼女はそんな人じゃないと信じていた自分がいた。事実を知ると想像を遥かにレベルの苦しみが来た。ビーチまでの3時間の運転は死ぬほど辛かった。人生で初めて死のうかなという考えがよぎった。全人類に裏切られた気分だった。こっちは苦しんでいるのに、なんでそんなことができるんだよ。冷静に考えればもう他人だから何ら自分には関係ないことだし、裏切りでもなんでもないのかもしれない。だが、冷静に考えられるわけがない。運転中は窓全開で、爆音の音楽を流しながら叫び続けた。ビーチに着いて太平洋を泳ごうか真剣に考えた。怒りと絶望に感情が支配されていた。近くのモーテルを適当に取り、ベッドに飛び込んだ。自分なんて消えても問題ない。実際今ここまで来ても世界はいつも通り動いているわけだ。自分が死んでも何も変化はないだろう。

 

そんなどん底の感情の中ふとLINEの存在を思い出した。そういえば昨日からチェックしてないなと。その中に特別な友達からのメッセージがあった。「大丈夫?状況を理解できるわけじゃないから何か言ってあげられるわけじゃないけど、誰かに連絡したくなったら私もいるからね。」と。彼女は僕の初恋相手だ。高校で惚れて2度告白したがどちらもフラれていた。だがその後もたまに連絡をしている。これまでの人生98%の連絡は僕からだった。彼女から連絡をくれたのは片手で数えられるくらい。正直びっくりした。普段からブログをシェアしているが、その延長線上でYouTubeに載せていた、自分と向き合う30日間の企画のリンクも送っていた。シェアしたのは1日目だけで2日目以降は誰にも送っていなかったのだが、チェックしてSOSを感じ取ってくれていたらしい。すぐに返信した。すると普段はそこまで返信が早くない彼女が、今回ばかりはすぐに返してくれ、親身に相談に乗ってくれた。色々話したところ、とりあえず別れた彼女とは連絡を取らない方が良いと進言してくれた。辛かったが、なんとか彼女の助けを借りて「もう二度と連絡しないから、連絡しないで」というメッセージを送り、元カノとは一生グッバイすることに決めた。「元カノに連絡しそうになったら私とか友達にしな」やっぱり初恋相手はいつまでも自分の中ではマドンナ的存在だ。普段はクールで、本当に辛い時には助け舟を出してくれる彼女は完璧すぎる。

 

そして、これもまた直感で、シアトルに住んでいる日本人の同級生Lちゃんにも連絡をした。彼女は元カノの友達で、グループで何回か遊びに行くうちに、連絡先は知っていた程度の子だった。これまで深く話す機会はなかったが、自分と同様、高校まで日本&大学からアメリカで、両方に住める権利を持っていて、人生観や悩みも似ている部分があることは知っていたため連絡してみた。すると、ファイナル期間中にも関わらず3時間も話しを聞いてくれた。今まで誰にも話せなかったことまで話せた。とても話しやすかった。最初は悩み相談だったが、途中からは雑談に変わり、久しぶりに笑顔になれた。数時間前の死にたいという感情は消えていた。こんな自分でも、気にかけてくれる人はゼロではないんだと少しポジティブになれた。そして急に食欲が湧いてきた。そういえば今日朝ホテルで少し食べて以降何も食べてなかったなと気づき、昨晩の残り物を食べた。本当の意味で生き返れた。

 

安いモーテルを取っていたため暖房の効きが悪く、朝は凍える寒さのせいで5時半に起きた。少し体を動かした後シャワーを浴び、チェックアウトを済ませた後、カリフォルニア州に入った。マネージャーに言われていたRedwood National Parkでいくつかトレイルをハイキングした。周りには誰もおらず、一人で大自然の中を歩くのは気持ち良かった。途中で生きる意味や自分の価値についてふと考えた。きっとそんなものはない、と自然と笑顔が溢れた。思うに、どの人間も生きている必要性や意味なんてない。なぜなら、別にその人がいなくても世界は回るし、極論人類が絶滅しようがなんら問題はない。人間は脳が働きすぎて色々できてしまう変態生物なため、たくさんの論理やルールを作ることで、生きることに価値を見出してみようとしたり、錯覚しようとしているのだろう。だからと言って死ななきゃいけない理由もないし、困った時は本能に従うのがいいのかもしれない。

 

ジョギング中にこれからやりたいことについても考えてみた。自分は今回こうやって一人で運転してきたわけだが、どん底のドライブでも道を外れたり事故ることはなかった。海に飛び込みたかったけど飛び込まなかったし、辛い中でも外泊せずにモーテルを取った。それは本能がまだ生きたいと言っていたからだろう。自分は死ぬ前に一体何がしたいんだろう? これに対する答えはなかなか面白いものだった。信頼できるパートナーと旅行に行きたいやりたいことは他にもあったが、これが一番自分の中で強かった。僕はなぜか、幼い頃から飛行機で隣同士座るカップルに憧れてきた。ラブラブそうに手を繋いでいる若者カップルや、一緒に楽しそうに映画を観ている老夫婦などを見る度に、これが幸せの最上級なんだろうなと羨んでいた。その延長線上で、ロードトリップや旅館に2人で泊まるなど、旅行デートをしてみたいなと強く思うようになった。そんなに難しいことでもないのでは?と思われるかもしれないが、まだ僕はこの夢を叶えられていない。いつか叶えてみたいものだ。

 

今回は一人でロードトリップをしているが、これまでそんな経験はなかったため、自分についてももっと知れる旅になっている。まず、僕は旅行が好きではない。今回の旅は、予定もなくお金も余裕があるためどこにでも行けるのだが、それでも行きたい場所が一つも思いつかなかった。サンフランシスコまで残り4時間という所にいても、行きたいとは思わなかったし、ロスもサンディエゴも遠いこともあるがそれ以上に興味が湧かなかった。そのためカリフォルニアに滞在したのは数時間ほどで、ハイキングの後はオレゴン州の何もない街のホテルに泊まった。食べ物もどうでもよかった。お腹が空いた時に適当にファストフードを買って食べる以外していない。行きたいレストランもなければ、これと言って食べてみたいものもない。運転はシンプルに苦だ。勢いだけでカリフォルニアまで南下してきたものの、帰るのが正直しんどい。146時間ほどの運転で僕は疲れてしまう。ドライブなんて一人でしたところで楽しくなかった。ビーチ沿いも山道も景色はいいんだろう。だが、話し相手もいなければ、特に山道は道に集中しないと外れてしまう恐れがある。耐久でしかなかった。ただ、そんな中でもホテルだけは少しテンションが上がった。最初の2日間は普段同様適当に安い所を取っていたのだが、せっかくだしと思い3日目からは、少し良いランクのリゾートホテルに泊まってみた。すると暖房の効きが良く暖かった。そして部屋も洗面所も綺麗だった。机もあったためブログも書きたくなった。だが、結局一人ではどんな高級ホテルに泊まっても楽しめない気がする。旅行が好きじゃないのも、やっぱり楽しみを分かち合えるパートナーがいてこそのアクティビティだからと思っているからだろう。たまにどこか行ってみたい場所ある?と聞かれることがあるが、本当に一つもない。ハワイもグアムもヨーロッパも行ったことないが、行かなくても特に気にならないし、このまま死んでも後悔もしないだろう。ただ、パートナーが喜んでいる姿を見られるのなら、世界中どこにでも行きたいと思う。それほど僕の幸せは存在もしないパートナー依存になってしまっている。

 

さて旅行の続きだが、水曜日はハイキングをした後はIN-N-OUTでバーガーを食べた後、4時間運転しオレゴン州のアシュランドという街で一泊した。ホテル内のレストランで適当にサンドイッチを食べ、カクテルを飲み、疲れていたため部屋で昼寝をした。起きてからはこのブログを書き始めた。やはり自分は書くことがとても好きなようだ。4時間山道耐久ドライブ中にも何を書くかだけ考えていた。夜はLちゃんとまた数時間テキストした。やっぱり楽しい。そして新聞の編集チームに2日ぶりに生きていますと連絡した。同僚が31歳の駐妻で、彼女以外は全員50代のおばさん達のため、連絡は基本年が近い31歳にすることが多かった。月曜日にも彼女に、メンタルがきついので少し休みますと伝えていた。そして2日ぶりになんとかドン底抜けました、ご迷惑おかけしましたと伝えたが、同情の言葉は特になかった。マネージャーに一応説明した方がいいかもとだけ言われた。マネージャーは特に気にする様子はなかったが、この人達にとってはメンタルヘルスなんて概念はわからないんだと感じた。彼女達は誰も悪くない。悪いのはいきなり2日も仕事をサボった僕なのは間違いない。だが、製薬会社とレストランのマネージャーは一週間休んでも理解を示してくれたのに対し、2日だけでも理解してもらえないこともあるんだなと思った。

 

そもそも誰かに自分の個人的状況を理解してもらうよう期待するのが間違っているのだろう。そして今回自分がこうして急に仕事を全て休んで逃げたことは、決して誇れる選択でもない。だがこんなこと人生でしたこともないし、そんなことをしなければと思うほどメンタルが崩壊していたのだ。僕は逃げた自分が正しいことをしたとは思っていないが、自分ではよくやったと思っている。社会の常識や礼儀だけを気にして、自分の心身を痛めつけるようなことは僕はしたくない。自分は社会不適合者でも良いし、全職場から解雇させられても良い。それよりも自分の心身の健康を大事にしたい。今回もしこのロードトリップを敢行していなかったら、鬱の症状は悪くなる一方だったと思う。実際月曜の時点で心と体がコミュニケーションを取れていなかったし、きっと病院に連れて行かれていただろう。もちろんそれが合理的な解決方法なのかもしれない。専門家に相談をし、必要であれば薬を処方してもらうことで回復するケースも多いだろう。だが、もしメンタルヘルスで悩んでいる人がいれば、逃げるということも選択肢に入れてみてほしいと思う。一旦自分が気を遣っているものに全てグッバイし一人になると、それらが自分の人生で大した意味を持たないことに気づくだろう。

 

さて、旅は木曜日を迎えた。泊まったホテルの居心地がとても良かったため延泊も考えたが、ここから家までは残り9時間の運転。今日一切運転しなかったら多分来週まで帰る気力が起きないだろうと気付いた。ということで、11時前にギリギリでチェックアウトした後、4時間北方向に車を走らせ、オレゴン州サレムのホテルに15時にチェックインした。正直運転したい気はなかったが、どのホテルもチェックインは15時のため、空いた暇な4時間だけ運転した形だ。雨が強くトラックも多かったため、視界が悪くしんどかった。ホテルは昨晩よりさらにいいランクの所を取った。居心地は悪くないが、昨晩のホテルの方が個人的には好きだった。そして水は買わなければと思い、ホテルの近くのスーパーに行った。4ドル強の会計だったがデビットカードか現金しか使えないお店だった。クレジットカードしか持っていなかった僕は、そしたらホテルで買おうと思い買わずに帰ろうとしたが、前に会計を済ませたおじさんが代わりに買ってくれた。少し人間不信状態の昨今の僕だが、案外人類も捨てたもんじゃないなと思った。おじさんにVenmoIDを教えてもらい10ドル払った。ホテルで買った方が安上がりだったろうが、そんなのこの際どうでもいい。お金なんてこれからいくらでも稼げる。少し自分の考え方が変わったような気がした。これまではお金を貯めることにフォーカスしすぎていたような気がする。何を買う時にも何をする時にも、これに本当にこれだけお金と時間を使う価値があるのだろうかと考えてきた。だが今回の旅ではあまりそんなことも考えていない。ホテルも値段をあまり気にせず泊まりたい所に泊まっているし、それ以外にはそもそもお金を使いたいところもない。ここから家までは4時間半ほどのドライブのため、明日には戻ろうかと考えている。途中でモールに寄って新しい携帯を買うかもしれない。他には特に欲しいものもない。

 

非常に長いブログとなったが、運転中に考えていたことで書きたかったことはまだまだたくさんある。だが、今回はこんなところで良いだろう。振り返ると日曜日夜のメンタル崩壊から、4日で、ある程度の自分を取り戻せたのは満足のいく結果だ。月曜日の元カノからの特大爆弾でドン底を迎えたが、初恋相手とLちゃんのおかげで抜けられた。本当に辛い時に誰が救ってくれるのかなんて、その状況になってみないとわからないもんだなと思う。他にも電話をしてくれたりLINEをくれる友達もいて、僕は本当に運が良かったと思っている。彼ら彼女らの存在なしではこんなに早くは立ち直れなかっただろうし、このブログを読んでくれる全員にも感謝している。ブログを書くモチベーションがあるのも、読んでくれる人がいてくれるからこそだ。誰かにこれを読んで、何かしらのネガティブでない感情を持ってもらえたら僕は嬉しい。書くことは好きだが、ブログをマネタイズしたいなどとは考えたこともない。お金がついてくると書く気が失せそうだからだ笑 こうやって数人の友達に読んでもらうくらいがちょうどいい。

 

親に関してはもう特に何も思っていない。僕も23歳でもう自立するときだ。どんな悩みがあっても辛くても、親にはあまり頼らずに生きていこうと思う。年も取ってきてるし、これからは僕がサポートする番だと思っている。元カノに関しては完全に連絡を絶ったのは正解だったと思う。ここには書ききれないが、何か色々スッキリした。良い人ではあるし、付き合っていた時も楽しかったが、だからと言ってずっといい関係をキープできるわけでもない。時には勇気を出して、関係を切るのも人生大事なのかもしれない。もう自分の心の中では故人になっているし、今はまだ少し色々な感情があるが、徐々に消えていくだろう。Lちゃんとはもっと仲良くなりたいなと思っている。当初シアトルの家に戻るのは面倒だなーと思っていたが、帰れば来週からLちゃんと遊べるじゃんと思い、少し帰るモチベーションが上がった。経歴も悩みも似ている人と友達になれるのはとても心強いし、日本語も使えて年齢も一緒と、こんなに仲良くなりたいと思えたのも久しぶりの感情だ。理想を言えばこんなになんでも話せる人とパートナーになれたら最高だろう。だが、人生そんなに甘くないのは自分でもわかっている。人間関係なんて色々な巡り合わせと運だ。これから自分にパートナーができるか否かも、全てもう決まってると思うことにしている。

 

仕事とキャリアに関しては正直まだ悩んでいる。多分自分は何か小さいビジネスをやりながら、自分でスケジュールを組むのが合っている気はする。大金持ちになる未来も、何か大きいビジネスをやる未来も見えない。会社に何十年も勤めるタイプでもないと思うが、そんなの生きてみないとわからない。とりあえず今は、お金を稼ぐ耐久ゲームだと思って仕事をこなしていこうと思う。確かにお金で幸せは買えないが、自由は買えることに今回気づいた。夢であるパートナーとの旅行は、理想を言えば二週間なんてもんじゃなく長期間したい。お金があれば自由が買えるためそれが可能になる。夢への努力だと思って出来る限り稼げればなと思う。パートナー探しに関してはきっとなるようになるだろう。Lちゃんと色々なイベントに行こうと言う話しになっているため、これからは少し外交的になれたらなと思っている。新しい知り合いや友達を作る努力をすることで、いつか最高のパートナーと出会えることを信じて。まだ心は全快ではないから、まずはゆっくり仕事をこなして、余裕が出た時に次のステップを考えようと思う。なんとか耐えた自分お疲れ!