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JJの気まぐれブログ

遺伝子組み替え人間物語

~遺伝子組み替え人間物語~

 

 時は2050年、2030年代に行われた世界的科学者達の研究により人間の遺伝子は組み替え可能なものになった。つまり、元来生後不変と考えられてきた人間個々のDNAは、最新の科学によって容易に変えられ得るようになってしまったのだ。ここからの話しはそんな新時代に起きた事件の数々と、それに人間がどのような形で対応していったか、ということをテーマにして進めていくとする。

 まず1つ目の事件としてあげられるのは遺伝子組み替え技術(通称: DNAROLL)が世間一般に広められることになったことである。DNACONT’ROLL’し新たな世界にEN’ROLL’するという成り立ちで通称はDNAROLLになった。ところで話しを1世紀前に戻すが、1900年代に新たな科学技術としてクローンという概念が広まった。世界に広く知れ渡っている通り科学者達はこの技術を羊に応用し、ドリーというクローン羊を誕生させた。しかしながらこれが人間に応用されることはなかった。そこには様々な理由があるだろうが、倫理的に考えた時に好ましくない、というのが大きな理由だったことは容易に想像できる。2036年に発表されたDNAROLL世界市民全員から手放しで称賛された訳ではなかった。特に倫理学者には人権を侵害する恐れがあるとして強い牽制を入れられた。しかしもちろんのことだが、科学者達も一般市民もこの牽制は想定済みであったし、クローン技術と同様にこの技術が一般に広まることは難しいだろうと誰もが思っていた。ところが、である。今回DNAROLLを研究した科学者達は今までの常識に則って行動するような従順なやつらではなかった。この研究に携わっていた主な科学者(203641日研究発表時の年齢)はエリカ(39)、メアリー(20)、ジョンベル(37)、ボブ(72)の4人であった。一人一人がどのような人物であったかは後々説明するとして、ここでは1つ目に事件を起こした張本人メアリーについて記す。メアリーは1996年にニューヨークで生まれ、プリンストン大学ハーバード大学の大学院を経てボブ教授の研究室に入り研究に携わった。その類い稀な生物的センスから研究を進める上でエースとして活躍した。彼女のDNAROLL研究へのモチベーションはとにかく若くありたい、という純粋な気持ちからきていた。幼少期から神童として周りから一目置かれたいたものの、その年齢にそぐわない頭の良さ、シンプルに怖い目つき、最終的に192cmという高すぎる身長から常に大人びて見られるのが彼女のコンプレックスでもあった。DNAROLLの研究を成功させることで自分の遺伝子を操作し永遠の20になることが彼女の目標であった。2035年、研究は無事成功を迎え、その技術が実際に人間にも使われ得ることが判明した時、メアリーは嬉しすぎて自分の遺伝子を勝手に操作してしまった。するとあらびっくり、遺伝子を組み替え全身を変化させる機械(SYLA: Start Your Life Again)から出てきた彼女ははるかに変わってしまった。20歳のピチピチの肌、優しそうな目、168cmの身長。もちろん暗黙の了解でまだこの技術を使うのは好ましくないことくらいメアリーもわかっていたので、彼女は研究仲間との打ち上げ後みんなを帰したあと深夜に1人で勝手に変身した。そのため研究仲間が彼女の変化に気づいたのは次の日のことであった。教授のボブは打ち上げ中の胴上げ合戦によってギックリ腰になって昨晩入院していたこともあり、エリカとジョンベル、そして数人の研究室の後輩によって大変身した新メアリーは発見された。研究仲間は最初に新メアリーが変身したことを告白した時は驚いてはいたものの、自分達が開発した技術が実用可能なことを実際に確認できた喜びの方が勝っていた。その結果昨晩に引き続き胴上げ合戦をし、後輩の1人ダイキがギックリ腰になって入院してしまった。それはともかく、この喜びだけが永遠に続いたわけではなかった。それは新メアリーの社会における認証の問題だ。メアリーが持っているパスポートや運転免許証など彼女の身分を証明するものは全て前メアリーの身分を証明するものであったため、新メアリーは当時の社会システム的には存在しないことになっていたのだ。結果的にこの事実がDNAROLL流出の致命的な原因に繋がってしまう。メアリーが1人暮らしでここ数年研究室にこもりっきりだったこともあり、研究仲間の庇護によりなんとか研究発表までの半年間、彼女の変身は彼女の家族や世間に知れ渡らずに済んだ。研究発表も、プレゼンが得意なジョンベル、容姿がとにかく美しいエリカ、ギックリ腰から回復したボブの3人だけで十分成功させ、メアリーの不在についての質問も華麗に乗り切った。発表直後は前述の通り倫理学者による批判、牽制によりあくまでこの技術は定義だけに抑えられると思われていた。この状況が一変したのは研究発表からわずか10日後のことである。研究発表は研究室があるボストンではなくドイツのミュンヘンで行われたため、研究発表チームとそのスタッフ達は研究発表から3日後にボストンに戻ってきた。あたかも全員が無事に戻ってきたように記したが、実際は発表直後の打ち上げでボブはまたギックリ腰になってしまい入院してしまったため3週間後1人で戻ってきた。さて、研究発表が行われた20364月、ドイツをはじめとする欧州諸国では過去最高にひどい酸性雨に悩まされていた。この酸性雨pH3.0前後という塩酸に勝るとも劣らない酸性っぷりで、皮膚に当たるだけで皮膚を軽く熱傷させるという自然凶器であった。研究チームのメンバーはボブ教授が打ち上げ時ギックリ腰になったとき一時的に気絶していたため、焦りに焦って数人で彼を抱えて隣接していた病院に送り届けた。ここで不運だったのはこの日のミュンヘンはあいにくの雨でボブ、そしてボブを運んでいたジョンベルと後輩数人は危険な酸性雨を浴びてしまったことだ。一時的だったとはいえ彼ら全員の腕と手の皮膚は傷ついてしまった。すぐに病院で手当てを受けたものの、残念なことに後輩の1人であるジャックは身体が弱ったその瞬間に、当時全世界で流行していた感染症であるカルボネラ病にかかっていた。この病気の症状は発症が確認されるまで数日かかるという特徴を持っていたため、ジャックはアメリカに帰国した次の日に入院することになった。数日間ジャックの体内に潜んでいた病原菌はジャックと同空間にいたジョンベルや後輩数人、そして帰国直後に会って話したメアリーにも取り憑いてしまっていた。カルボネラ病は病院で適切な注射を打ってもらえば治る病気であったため、この病にかかった研究チームのメンバーは病院に向かった。これは研究発表から5日後のことだった。さて、無事注射を受けたメンバーはすぐに回復したが、ここで1つ大きな問題が起きた。それは新メアリーの保険証の問題だ。保険証には1996年生まれと記されていたが、保険証をみた看護師はすぐさま異変を察知した。40歳のはずのおばさんがまるで高校を卒業したばかりの見た目ではないか、と。これを不審に思った看護師は役所、警察に報告し専門家はメアリーについて調べ上げた。これによりメアリーは事情聴取を受け、彼女の変身は世間に知れ渡ることになってしまった。メアリーの変身は当時の法律で対処することができる範囲を超えていたため、新メアリーをどのように扱えばいいかについては議論が進められた。数日間議論が繰り広げられた後、この技術が一般に広がることを恐れた法曹界は、メアリーを何かしらの罪で捕まえることが最善策であると意見を固めはじめた。これを小耳に挟んだメアリーは自分が捕まらないための方法を考えた。あろうことか彼女は、この技術を世間に拡散して多くの人に変身してもらうことで、マジョリティーを味方につければいい、と考えた。変身した人が増えれば警察も全員は捕まえきれないし、そもそも変身した人が誰か区別するのは難しいから法曹界も考えを変えるだろうと考えたのだ。さて、メアリーは機密だったはずのSYLAの作り方、遺伝子組み換えのシステムなど、変身に必要な全ての情報をメディアを通して全世界にリークした。これによって人間界は新時代を迎えた。

 時は2050年、メアリーがDNAROLLをリークしてから14年が経った。この14年で人間世界は完全に変わってしまった。メアリーが情報をリークしてから数ヶ月後には全世界の研究所でSYLAが作られた。まだこの時代を知らない読者からしたら、変身なんてみんながみんなするわけないし、整形と同じようなものでマジョリティーがやるものではないだろうと思うことだろう。しかし、この技術に対する世間の反応はそうではなかった。まだ変身していた人がほとんどいなかった当初こそ、恐怖心や懐疑心の方が優っていたが徐々にその考えは変わっていく。病気を持つ者、人種差別に苦しむ者、若返りたい人、背を伸ばしたい人、痩せたい人、イケメン・美人になりたい人、、、。自分のすべてを変えることができるDNAROLLは魅力的だと感じる人が増えてきた。この技術は世界中の研究者によって調査された。それにより、性別・年齢を変えられること(ただし18歳未満には変えられない&18歳未満は変身することができない)、変えた性別によって子供を持つことができること、機械に入る頻度は自由なこと(メアリーは毎日入っていたため常に20歳でいることができた) 、ただし実年齢が100歳になったら必ず死ぬことなどが判明し疑問点が少なくなってきた。そのためリスクと言えば当初メアリーも危惧していたような法的な扱いのみだった。だが、当初は変身を阻害する方向で話しを進めていた法曹界・政界も、マジョリティーに流されるとともに自分達も変身したいとまで思い出したため、これを容認する社会体制を作ることに尽力することになった。結局、パスポートや運転免許証といった既存の身分確認方法は数年で廃止され、新たに体内チップを導入することになった。このチップには番号とアルファベットを組み合わせた10桁の暗号のようなものが情報として埋め込まれ、DNAをはじめ身体はあくまで服のような装飾物にすぎない存在に変わった。これにより肌の色、身体の大きさ、容姿、性別、髪の毛の色・質など身体の全てを変えることが合法化され、その派生として国籍や血筋などといった自分のアイデンティティを形成するものもなくなっていった。一見自分のすべてを変えられるように思われていたが、記憶や性格、話せる言語など内面的なものはさすがに変えることができなかった。世間の常識が身体を、自分の好きなように変えられるものとして捉えるようになり、SYLAの需要は急激に上昇し10年で1世帯に1台ずつ常備するほどに浸透していった。2050年の統計では18歳以上の世界市民のうち85%が変身済みという数値を記録した。イケメン・美人が圧倒的に増え、障害を持つ人もいなくなったためバリアフリーという概念自体が消えた。変身して白人になる人が圧倒的に多く全世界の80%が白人になった。今まで人間の根底に潜んでいた人種に対する価値観が明らかになった証拠と言える。

 このように世間・常識が変化していく中でボブ研究室でも大きな変化が起こった。DNAROLLの研究は時代を先導する素晴らしい研究だったとしてノーベル生理学・医学賞を受賞した。メアリーは変身した先駆け人として世間に名を馳せ、ボブは若返りギックリ腰にならない丈夫な身体を手に入れた。エリカは昔アイドルとして活躍していたほどの美貌の持ち主だったこともあり、アイドル時代のエリカのようなルックスに変身した人達が急増した。エリカ本人はこのとき50代であったが自身は変身しないことを選択し変身しない派の人間15%の代表として生きることを決意した。驚くべきことに変身した20歳前後のエリカもどきの人間より、50代のエリカの方が断然美しかった。見た目は変わっても一流の美しさのオーラを真似することはできないんだな14年後死ぬ直前にボブは遺言としてこの言葉を残している。さて、ジョンベルは85%側の人間だった。彼は白人金髪の23歳の青年に変貌を遂げ、新たな人生を歩み始めた。エリカとジョンベルの2人はDNAROLLの登場時に事態を収束させることができなかった国際連合に代わり、The Worldという団体を立ち上げ事態の収束に尽力した。

 変身が一般化する中で大きな問題となったのが犯罪への対処法だ。今まで人殺しがあった場合は監視カメラや指紋、目撃者の情報などで犯人を特定していったが、それら全てが通用しなくなった。そのため、より精神学の研究が進み、人々の記憶は特殊機械により全て可視化されるようになった。人を殺した、ものを盗んだ、などといった犯罪をしたという記憶があることが確認された時にその人は尋問を受け最新の精神学によって犯人かどうか決断が下されるようになった。ここである1つの事件を紹介する。それは白人茶髪22歳青年に変身した実年齢44歳の男、ジャックだ。そう、研究チームのメンバーの1人のあのジャックだ。彼は射撃ゲームが好きで暇があると常にパソコンの画面内で人殺しをしていた。これ自体は何も問題はないのだが、彼はある日警察による尋問を受けることになった。記憶情報総合センターによると彼の記憶からこの日の早朝人殺しの記憶が見つかったというのだ。もちろん彼は人殺しなどしていないのだが、ゲームのやりすぎで夢の中で殺人をしていたのだ。このときの記憶情報処理能力では夢と現実を区別することができずにいたために起こってしまった冤罪である。尋問さえうまく乗り切ればなんの問題もなかったのだが、彼はあろうことか自分が冤罪であることを最新技術に証明してもらえると思ったためか、自分は人殺しをしたと嘘の自白をして警察に遊びをふっかけた。するとどうだろう。彼は逮捕されてしまった。いくら精神学が発達したとはいえ、犯行を否定する人の言い分の真偽を判断することに特化していたため、明らかな精神状態で自ら自白してきたジャックの嘘の真偽を確かめることはしなかったのだ。ジャックは一級殺人罪で逮捕され就寝刑を言い渡された。これは過去の時代にいう終身刑のようなものでSYLA内で実年齢が100歳になって死ぬまで強制的に眠らせるものだ。ジャックのこの事例は過去稀に見ない被害者がいない殺人となった。ジャックは架空の人物をこれもまた架空な夢という世界で殺したという架空な罪で就寝することになったのだ。読者の皆が住む時代には考えられないことであろう。

 ジャックの事例以外にも、一家全員男性、消えた男女/人種/国籍差別、ミスコンの廃止、オリンピック・ワールドカップなどの国別対抗戦の廃止など読者の時代では考えにくいことがたくさん起きた。この新時代は色眼鏡による差別もなく100%個人個人の内面に注目することができる時代として平和な時代と思われた。一方、変身しない15%の人が主張するように祖先に対する冒涜、アイデンティティーの喪失など、長い歴史を誇る人間の定義の消失を問題視する人々も一定数いた。私たち人間はこれからどう生きていけばいいのか。これを決めるべく20501111日に史上最大規模の世界会議が行われたのであった。

 この世界会議はのちに人間再生会議(Human Revolution Conference)と呼ばれる、人間はどのように生きていけば良いのかということについてしっかりと定義された重要な会議である。議論の大きなテーマとしてDNAROLLの存続について討論が行われた。参加者は世界市民全員であった。読者の時代には考えにくいことだが、2050年には個人情報チップが目前に画面を映し出し誰もが会議に参加し投票する、すなわち直接民主制が世界規模で可能になっていたのだ。もちろん全員が意見を述べる訳ではなく、代表者が全世界市民を代表して会議室で討論を行い決断は市民の投票の多数決により決めるという方式だった。代表者として討論会場に呼ばれたのはメアリーをはじめとする変身推進派6人、変身反対派3人、中立の立場として参加することになったThe Worldから変身していたジョンベルと変身していないエリカの2人の計11名であった。変身推進派からは新時代の平和と無差別世界の尊さ、変身反対派からは人間の自我・歴史の喪失の警鐘の主張がされた。この時点で全世界市民による投票は変身を基本にした社会づくりに賛成する人が31%、反対する人が11%、迷っている人が58%と結論は出そうになかった。この迷いに蹴りをつけたのは中立派の国際協力団体The Worldの代表として参加し、この議論の中核にあるDNAROLLの開発者でもある2人、エリカとジョンベルの2人である。エリカは自身が変身していないこともあり中立派ながら、このまま変身を続け時が過ぎていくとどのような問題が生じ得るか、ということに焦点を置いてスピーチを続けた。このスピーチは多くの人の心を動かし前述の投票結果は賛成派26%、反対派24%、まだ決められない派50%に変動した。そしてジョンベルのスピーチである。彼は自身が変身していたこともあり変身肯定派として話しを進めるのではないかと予想されていた。出だしはまるでその予想通りで、彼が変身した理由はそれまで抱えてきた人種・国・見た目のコンプレックスを払拭するためだったと告白した。多くの人がこのような理由で変身していたため理解者はとても多かった。ただそれに続けて彼は人々の心に刺さる意見を述べた。ここからは彼のスピーチの続きを抜粋する。僕はコンプレックスを克服するために仲間と努力して作った技術で実際になりたい自分になれたように思えた。でも自分の本心に正直に自分は幸せですかと問いかけたらイェスとは言い切れない。なぜなら変身することは自分の嫌いな部分から逃げているだけということを本心では感じているから。逃げるということと克服することは根本的に大きく異なる。人間は長い長い歴史を作り上げてきて自分の親、祖父母、先祖の努力の結晶が自分という存在なんだ。その与えられたものを他人の結晶と比べて自分のこれが嫌だ、あれが嫌だと言ってそこから逃げることは本当の幸せを得る為に必須なことだろうか、いや違う、ということを僕たちは全員知ってるんだ。本当の幸せを得るためには自分の嫌いな部分から逃げるのではなく受け入れることが最も大事なんだ。人種も国籍も見た目も全部あなたにしかない個性の一部なんだよ。まずは自分のことを好きになること、そして他人を尊重すること。その2つのことがしっかりできれば差別やコンプレックスなんて生まれないんだよ。大切なのは人間全員がこの大事なことを肝に命じて生きること。みんな違ってみんないい。もう誰があーだこーだ、自分はあーだこーだとか文句を言ったり指を指すのはやめよう。そうすれば本当に平和で幸せたくさんの理想世界を作れるはずさ。

 綺麗事に思われるかもしれないが、この歴史的なスピーチの後、変身していた人達は本来の自分に戻りSYLAをはじめDNAROLL自体が消えた。人々は以前のように国籍を持つようになり見た目も年齢も本来あるべき状態に戻った。記憶を管理することはプライバシーの侵害とされ廃止された。ただ個人情報チップ制度はセキュリティ保護の観点から存続することになった。世界は一見2000年代前半のような世界に戻ったが、人々の他者に対する尊重により誰もが自分に自信を持てるような平和な世界へと変貌を遂げた。笑顔が絶えない素敵な世界を導いたとしてジョンベルそしてエリカの2人にノーベル平和賞が授与された。1111日はトランプのJ(11)、またJohnbell JohnsonのイニシャルJJをとりJJ平和デーとして全世界の人々の休日になった。

 

*この物語はフィクションであり、登場人物・歴史的事実などは全て架空です。